伊集院静さんが亡くなられた。享年73歳。
伊集院さんの思い出は、私が資生堂デザイナー時代に銀座の本社からすぐ前のビルに
Barがあり、上司や先輩達に連れられて行ったのが最初である。
店名を「Barいのうえ」さんという。未だOpenまもない頃であったようだ。 そこの看板が、筆文字で書かれてあったのだがなんとも言えず味のある良い文字だなと思ったのだ。
マスターに聞けば、小説家の伊集院静さんに書いてもらったと聞いた。
コースターには『ん。いのうえ』と書かれたもので、ん⁈というところに又一泊置く『余韻』のような意味が込められている感がした。
このBarはそれから私の会社員時代30年も毎週のように通った。常連になって行った。 Barで何度かお見かけしたが、ある日、奥様と後輩の若手俳優3名で来られていた日があり、いつもワインセラーから自分で出されて振舞われていた。
帰り際には同郷人だともいう事でいつも最後に「頑張りなさい。」と声をかけてくださり、先輩でありがたいなと思った。
呑み方なども見ていても粋な感じで、カッコいいと思ったのである。 其れからは私は居酒屋系ではなBar系に傾いて行ったのである。 私もああゆうシブいオジサンになって行きたいなと憧れたのである。 サイン本も何冊かあり、特に『海峡』三部作は故郷が舞台で好きだったのだ。
そしてもう一つ、伊集院さんとは故郷が同じ、山口県防府市なのである。
故郷、田舎の先輩でもある。 そこから話が進んで行った事もあるが、著作の中にも昔の故郷の風景が描かれてくる小説を読むとあの時代の風気はまだまだ差別もある時代性で何か懐かしくも切ないあの昔の故郷の時代も感じられたのだ。
伊集院さんが書かれていたエッセイも好きで、歯に衣着せぬ含蓄の語り口で辛口、頑固親父系の内容に納得させられていた。 こんな爺さん最近居なくなって来たな~なんて懐かしくも読ませて頂いた。
愛犬とのエッセイ本には、含蓄、哀愁、愛着、慈しみが溢れていて何度も読み返した。
何年か前に、故郷山口県の英雄、吉田松陰を書きたいと言われていた。
あれから伊集院さんが書く松陰先生はどんな風になるのかとずっと楽しみに待っていたのだ。信念、志を持って生き抜いて若くして死んだ松陰先生の生き様を含蓄のある見方で読んでみたいと思っていた。奇しくも亡くなられたという日に私はウオーキングしながら伊集院さんが書くと山口弁で書くのかな⁈その方が本物ぽくていいのにな~。
でもそれでは全国の人にはわかりにくいかな~。なんて想像しながら歩いていたのだ。
天国ではノボくんと一緒に「バカ犬元気だったか。俺もやっとこっちの世界へやって来たぞ。やれやれだ。」なんて、会えて楽しくされているのかな。
心より、ご冥福をお祈りします。